海外旅行記◆【第95編・参照】アマゾン河奥地にてピラニア釣り・2000年◆ただいま【第156編】です。1ページに3編ずつ載せています。ズット前の分も開いて観て下さい。


by momochi77jp
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(2004年に行きました)
e0003272_2253950.jpg 左は、レストランの前です。
 大鍋のパエリアに魚貝がいっぱい。ご飯の黄色はサフランです。

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  たぶん、10人前ぐらいありました。こんなに美味しいパエリアは初めてでした。
 ここの、おばちゃん達の笑顔が、味の秘訣らしいのです。とにかく、よく笑う、おばちゃん達でした。

【驚きの話:その1】
 サフランは高級食材ですが、薬として使われていたそうです。だから、高いが、町では偽物も売られているそうです。おみやげも気を付けて下さい、との、ガイドさんの忠告でした。
 
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 これは、サッカー競技場では有りませン!実は、闘牛場です。丁度休みでしたが、街の真ん中にありました。今度来たときには、是非とも、見たいです!
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by momochi77jp | 2006-04-28 19:05 | 海外旅行
 ロベン島は、今は、『人類の負の世界遺産』の登録されていて、人権博物館になっています。(島からケープタウン側を見た写真です。) 
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 南アフリカ共和国は、かつて、『アパルトヘルト(人種隔離)政策』によって、圧倒的多数の黒人を、一部の白人達によって支配する政策が執られてきていました。

 そのころ、反人種差別闘争を戦った多くの黒人達が、この『ロベン島』に送られ、人知れず抹殺されていったそうです。  (2003年に行きました)
 
 『南アフリカ民族会議』の『ネルソン・マンデラ』も、1957年から1990年まで、収監されていましたが、あまりにも黒人の象徴的な人物であった為に、生かせられたそうでした。

 獄中で『ノーベル平和賞』も受賞しています。
 獄中闘争から、遂には革命を起こし、アパルトヘルトを撤廃し、出獄後には、『黒人初の大統領』にもなりました。           e0003272_10103615.jpge0003272_10111137.jpg









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 左の写真は『ロベン島』の監獄の見張り塔です。

 私と肩を組んでサングラスをかけている黒人の同志は、かつて、ココに収監されていた人です。

 高校生の頃に戦って、逮捕されてから、収監されていたとかで、『マンデラ』達に強制労働の岩切場などでの休憩時間に、地面に字を書いたりして、勉強を教わっていたらしいです。

 今は、ここで、世界中からやって来る人たちに、人権講習をしてあげるガイドをやっています。 
 牢獄の写真は、『マンデラ』が入っていたところ。
 右の上は、マンデラ達の写真。
 下の赤ジャンバーの人達は、人権研修中の地元の小学生。
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by momochi77jp | 2006-04-19 10:47 | 海外旅行
 (2006年3月)
e0003272_1823673.jpgホテル(ロッジ)からの『マチュピチャレ山』(魚の尻尾と言う意味・6993M)。

 そして、フェワ(ペワ)湖に映し出された『アンナプルナ・サウス(7219M)』と『アンナプルナ・Ⅰ(8091M)』。が、とても美しかったです!!。
 
【驚きの話:その1】
 私たちの泊まった『フィッシュテル・ロッジ』は、道路がないので、対岸から筏(イカダ)に乗って、行き来しないといけません。(フィッシュテルもマチュピチャレの魚の尻尾と言う意味)

 ポーターさんが、人が渡るたんびにロープを引き寄せるのです。
 (漕ぐのではありません。下の左の写真参照。) 

【驚きの話:その2】
 このロッジは、チャントお湯の出るシャワーは付いていましたが、風呂は有りませんでした。

 しかし、かつて『日本の皇太子』もポカラに来たときは、ココに宿泊したとか。この景色を見れたときに、納得しました。

 それに、右上の2枚目3枚目の写真に写っている対岸には、『ネパール王家の別荘』がアルそうでした。 
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 サランコットの丘からフェワ湖とポカラを見下した夜明け前の風景
ロッジの船着き場からのフェワ湖の朝は閑かに輝いていました。
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 小さな島に小さなお堂があって、ボートで、お参りにも行きました。(右の写真の左下)

 右の写真の残りの3枚は、小島のヒンドゥー教の小さなお堂。

 白服の方が若きイケメンのヒンドゥー教のお坊さん、お堂に入ろうとしたら、やってきて、靴を脱ぐヨウに言われました。
 額に赤いおまじないの印を塗ってくれてからのお参りをシマした。
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by momochi77jp | 2006-04-06 18:15 | 海外旅行
 中国のチィベットのラマ教の亡命難民保護地区に行って来ました。寄付代わりに彼らが作っている品物をお土産に買って帰りました。

 【ネパールの人への私の提案:その1】
  実用的なものがすくなかったので、日本人向けの『納豆』を作って売ったらヨカ!
 商品名は、もちろん『ネパール納豆???』
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  ネパールに行くんならトォ、『ボールペンやシャープペンやノートや、古着だが子供服』を、持って行ってやった。
 『ユニセフ』への寄付は毎年しているけど、ネパールの山奥までは援助が回っているのかは判らんしね?。
e0003272_21485797.jpg ツアー同行者はベテラン揃いで、同んなしように持ってきていた人が数人おって、添乗員さんと現地ガイドさんに頼んで、『差し上げてください。』とぉ、言うとぉ・・・・・

 地元のバスの運転手が知っとる、貧しい地区に『直接持って行って渡してあげたら!』とのことになって、観光時間を割いて、『川の上流の河原で石切人夫に刈り出されている子供達の住んでいるトタン小屋の集落』に行き、半分を渡し。残り半分を、スグ近くの小さな小学校の先生に渡してきたっちゃ。

 お節介もあったかもしれんが、少しでも役立って頂けたのなら良かったと思いよるっちゃ。(2006年3月)
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by momochi77jp | 2006-04-05 21:53 | 海外旅行
カトマンドゥ郊外の高台の2000Mの『ナガルコットの丘』から観た朝日をうけたヒマラヤの6~8千メートル級の峰々。圧巻でした。  
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 下の写真は『ヒマラヤ遊覧飛行』からの眺めです。
 下の写真4枚(実は12枚)は連続で繋がるのです。
 
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 すぐ下の右端の三角山が、現地語「宇宙の頭」の意味で『サガルマハッ』。(2006年3月)

【驚きの話:その1】
(チィベット語では『チョモルンムマ』)(『エベレスト』はイギリス人測量家の名前らしく、現地では『エベレスト』と言わないほうが良いそうです。『サガルマハッ』ですよ。
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by momochi77jp | 2006-04-01 14:58 | 海外旅行
 左は水浴び。 中は出家した小僧と遊ぶ女の子。  e0003272_2334753.jpge0003272_2341330.jpg
   右は水場の女達





 左は市場の魚屋。右は井戸にバケツを落としながら水をくむ少女達
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右の2段は、ネパールサリィーファッション。         カラフル。

  (2006年3月)
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by momochi77jp | 2006-04-01 02:37 | 海外旅行